僕の好きな曲10選

 

10位 小沢健二『愛し愛されて生きるのさ』

「いつだっておかしいほど 誰もが誰か 愛し愛されて生きるのさ」。そんな、綺麗事のような宣言を、瑞々しい描写とメロディが彩れば、途端になんだか''本当のこと''のように感じられてしまう。
恋人に会いに行くなんてありきたりなシチュエーションを切り取る、そのアングルがとにかく素晴らしい。自分が誰かに会いに走る時、どこかの誰かもまた、誰かに会おうと水を跳ね上げる走るのだ。
月が輝く夜空も、彼女がまつげをふせて降りてくるのも、大きな川を渡るのも、さりげなくほんの少し先の未来として描かれていて、そんなさりげない描写の積み重ねこそが、豊かで普遍的なラブソングを作り上げていくのだと実感する。
 
 
9位 曽我部恵一BAND『魔法のバスに乗って』

僕は曽我部恵一の、誰よりもニヒリストなくせに誰よりもタフでクレバーなところが大好きで大嫌いだ。
この曲の主人公は、そこかしこに疲弊感が滲んだ生活の中で、''魔法のバス''がやってくるのを待っている。本当はそんなものどこにもないことをわかっているのに。でも、きっと生きるってのはそういうことで、闇雲に何かを夢見るほんの一瞬の胸の高鳴り以外信じられるものなんて何もないはず。
実際はそれを信じることが一番大変で、そう簡単に行かないよと、時にふてくされ気味に弱音を吐きたくなるけれど、でも、こんな完璧な歌詞を書かれたら、少しは信じてもいいかなという気持ちになってしまう。
その気になれば僕だって 君だって どこまでも飛んでいける
僕らを映す鏡のような そう 綺麗な恋が見られるのに
邪魔をするのは心に降る雨 傘がないから濡れるしかない
今日の水たまり 心は字余り 空回りばかりで明日が来ない
あぁ 魔法のバスに乗っかって どこか遠くまで
あぁ 魔法のバスに乗っかって 季節の果てまで

 

 

8位 シャムキャッツ『AFTER HOURS』

本当のことを言ってしまえば「忘れる」って言葉が出てきたら、ほとんどの曲を好きになってしまうのだけど、「君の名前を思い出したり忘れたりする AFTER HOURS」なんてラインをこれしかないってメロディと歌声で歌われたら、そりゃ墓場まで持っていくに決まってる。
実際には僕らはどうしようもないやるせなさにがんじがらめにされながらなんとなく日々を暮らしているのだけど、ホルマリン漬けみたいに生きていくのもなんだかなという感じで、誰かに会ったり音楽を聴きながら体を揺らしてる。諦観なんてもんでもないし決してネガティブななんかじゃない。そんな複雑なフィーリングをエモーショナルにもシニカルにもならずに、平熱のまま再現できるバンドってとても貴重だと思う。
何十年か後、「君が若い頃この国にはどんな音楽があったんだい?」って聞かれたら、真っ先にこの曲を挙げると思う。
 
 
7位 住所不定無職『ジュリア!ジュリア!ジュリア!』

いつだってこんな風な、ポップミュージックと言う名の大きな光が大好きだ。
めまいがするほど眩しくって、胸が締め付けられるほどロマンチックな、音と言葉の連なり。「真夏に始まる恋じゃなかった」という歌い出しも、ブリッジ部分のメロディの浮遊感も、そのどれもが実に完璧だ。
もう馬鹿みたいだけど、しょうがない。イントロのコーラスが聴こえた瞬間に、「大好きだ!!」と叫んで走り出したい衝動に駆られてしまうのだ。好きなあの娘を助手席に乗せた車の中で、都会のネオンが見えた瞬間に、こんな曲が流れてきたら、もう死んでもいいやと思ってしまうはず。
 
 
6位 Fishmans『幸せ者』

カルト的な人気を集める超傑作『空中キャンプ』の中では、そんなに人気がない気もするけど、僕はこの曲が一番好きです。
本当のこと言えば、僕は今でもコミットメントなんてクソくらえと思ってる。変わらない日々に背泳ぎ決めながら、惰眠と白昼夢を貪り続けていたい。とても無責任だしモラトリアムなんて言葉で片付けられればそれまでだけど、でも、生きていく上で大切なものが、この曲に詰まっていると思ってしまう。
中盤のエコー混じりの「別に何でもいいのさ」は、僕にとっての福音だ。
 
 
5位 クチロロ『渚のシンデレラ』

誰だって一度くらいは感じたことがある、「今この時のために生きてきたんだ」っていう、一瞬だけどどこか永遠めいた感覚。そう、世界がもう目の前にあるような、そんな瞬間。
そんな瞬間を閉じ込めてしまうものこそが、この最高にソウルフルだけど嫌味のない演奏とメロディであり、「覚えてるよ」という歌い出しから始まる歌詞であり、大木美佐子の瑞々しくて不安定なヴォーカルであり、三浦康嗣のどこかカッコつけきれてないスキャットであって、そのどれもが最高なんだけど、そんな能書きが似合わないほど、ただただ普遍的な3分47秒の一曲に完璧に纏まってしまってる。ポップミュージックの理想みたいな曲。
 
 

20年前に歌われた、「喜びを他の誰かと分かり合う それだけがこの世の中を熱くする」という言葉。あまりに説明的だけど、きっとすべてのポップミュージックはそんなスローガンの元に鳴らされてるはず。そして、そんな言葉を抜群のソングライティングととびっきりのユーモアで体現してみせるバンドこそ、フジロッ久(仮)だ。
嘘にまみれて星座は断ち切られるような今だからこそ、ラブソングだけはキュートにユーモラスにそして何よりチアフルに。だって、いつだって物事を正しい方向に動かすのは愛だけだ。ベタで恥ずかしいけど、きっと間違っていないそんな確信に溢れてる。
それにしても、「おかしなふたりは騒ぐ 予定表はアラベスク」という言葉に、無性にグッときてしまうのは何故なんでしょう。

 

 

3位 小沢健二『ぼくらが旅に出る理由』

一瞬と永遠を、目の前の生活と太陽や宇宙なんていう大きすぎるものを、ヒュッとつなげてしまうのが、小沢健二の持つ強力な魔法の一つで、この「ぼくらが旅に出る理由」という、別れ行く恋人を歌ったはずの曲こそ、そんな魔法が最も強烈に宿った曲だと思います。
小沢健二の作品は、いつだって”LIFE(=人生、生命、生活)”への最大の肯定でありながら、ある種の諦観でもあるのだけど、この曲にはそんなものすら飛び越えた、超人的な視点を感じる。間奏明けに「そして毎日は続いてく」なんて大きすぎる言葉を、当たり前のように放り込んでくる超人ぶり。
そして、そんな魔法や超越した視点を、多幸的でどこか切なげな、極上の”J-pop”に住みつかせてしまうのが、何よりすさまじいところ。
 
 
2位 中村一義『生きている』

あらゆる虚無的な思考に心も体もボロボロ。それでもシニシズムに飲み込まれる一歩手前で、精一杯の微笑みを浮かべて何かを祝福しようとし続ける。
そんな壮絶すぎる物語の末にたどり着いたあまりにシンプルで困難な答え、『生きている』。これは''今"や''命''なんてものへの全身全霊のファンファーレであり、虚無に飲まれた誰かや過去の自分へのレクイエムだ。イントロの狂喜的なストリングスや、「生きている」という言葉の後に鳴らされるホーン、そして彼の歌声、こんなにも苦しくて肯定的で尊い音ってあるだろうか。
歌詞カードに記されていない、アウトロの「そう、ガタガタ。もっとガタガタ。そう、ガタガタ。そう、そう」という言葉はいつだって僕の涙腺を刺激する。
 
 
1位 平賀さち枝とホームカミングス『白い光の朝に』

どれだけ言葉を費やしたって、この曲の持つ美しさには全くもって追いつかない。きらびやかに爪弾かれるギターの音色、ナイーブな歌声、繊細な日常の描写、誰かを想う誰か。いつだって僕の胸をしめつけるのは、俗っぽくて敬虔なそんなものたち。
あまりに言葉にならないので、特に素晴らしい2番からブリッジ部分にかけての歌詞を引用したいと思います。

愛しき言葉のメモ 過ぎ去った日に胸を焦がし
微笑んだ今日は美しく 道の先に 犬が走る
ドアを今 開く時 今も思い出せる夜空を抱えて

 

ああ いつまでも 私のそばで その涙を見せてよ
花は咲き 虹がかかる
ああ 君はまた 大人になって 喜びも増える
そんなこと祈ってるよ 白い光の朝に

迷い込んだ か弱き君の背中も
あの海までかけてゆく 瞳をこらし

 「今も思い出せる夜空を抱えて」、ほんとため息出るほど素晴らしいよ。そんな風にいつだって僕らは過ぎた日々に背中を押されて生きていくんだね。